八 刺身盛合せ

北海道釧路市 炉ばた 八 真たちとカニと八角

炉ばた 八

会議が終わった。懇親会の会場は飲屋街にある炉端焼きの店だ。ドアを開けて店に入ると、右手に長いカウンター席、左手にはお座敷席が並んでいる。われわれは団体客なので、二階の広間に通された。靴を脱いで階段を上る。店員が靴を下駄箱にしまってくれるので、自分で何かをする必要は無い。靴を脱いでそのまま階段を上るだけだ。こういった何気ない心遣いが嬉しいものだ。

全員が揃ったところで挨拶と乾杯がなされた。そしてコース料理の開始だ。二時間飲み放題で一人五千円。炉端焼きの店だ。果たしてどれほどのものが食べられるのだろうか。

宴会コース

まずはお通し

真たち(真鱈の白子)とズワイガニの足だ。薄味のポン酢につけてある。真たちを食べる。甘くてクリーミーで官能的な味わいがポン酢の酸味と相まって、コクのある極上なテイストとなり口の中に広がる。

たまらん。

臭みなと微塵もない。これが道東の白子だ。釧路の底力だ。

続いては蟹脚だ。ズワイガニである。正直、カニはあまり好きでは無い。水っぽくて、しょっぱくて、香りがしない。そんなカニをこのように食わせる店が多すぎるからだ。食材がかわいそうである。

もちろん身がパンパンに詰まった、水っぽくない、甘みのある本来のカニ味が堪能できるのであればウェルカムである。

しかし今回は飲み放題付きのコース料理である。そのお通しなのだ。期待するのが無理な話である。無造作にカニを指でつまみ、口の放り込んだ。パクっとかぶりついた瞬間…なんだ、これは?

この食感は…ナマだ。
ゆでたカニではない、カニ刺しである。

なめらかな口当たり、強烈に力強いな蟹の芳香が口の中に広がってゆく。バイキングのゆで蟹とは比べ物にならない。こんなものがお通しに出るとは、まさに道東の、釧路の底力である。

刺身の盛り合わせ

マグロ、ぶり、タコ、シメサバ、白身はおそらくソイであろう。まずは好物のシメサバからだ。見た目には浅く締めてあるようだ。もちろん醤油なしでいただく。真の食通は刺身に醤油など付けぬ。

違う。

私は単なる高血圧の要減塩食対象者なだけだ。五十路の悲しい現実なのだ。

ふむ、締め具合も塩加減もまさに私好みである。ああ、鯖とはかくも美味なるものであろうか。身の旨味と脂の甘み、余すことなくサバの魅力を引き出す締め具合。

お次は生タコだ。

イカ刺しのように細かく包丁の刃が入っている。見た目にも美しい。このようなタコ刺しを味わった記憶はない。醤油がタコによくなじんで美味い、と一人が言った。

私は醤油を使わない。減塩中の身だ。醤油の代わりに柑橘をしっかりと絞りかけた。飾り包丁の効果で果汁もしっかりとタコの切り身に絡むのだ。タコと柑橘は非常に相性が良い。酸味と香りがタコの潜在能力を引き出すが如く、味わいを広げていくのだ。まさに職人の仕事である。

ソイはなめらかな食感、脂がのっていてやばい。

最近では北海道でもブリが取れるようになったと言う。サーモンの定置網にブリがかかるそうだ。しかも太平洋側でもブリが取れる。これも温暖化の影響だろうか。

そしてマグロ。きめ細かな見た目が美味さをアピールしているかのようだ。これはレベルが高い。楽しみに取っておこう。

だが、気づいたときにはブリもマグロも消滅していた。無念。

牡蠣とつぶ貝の炉端焼き

たっぷりとレモンが添えられている。生牡蠣も良いが、焼きガキもまた違った味わいがある。食感は生牡蠣の方が上だ。焼きガキにあの滑らかさは無い。だが味わいは上だ。

加熱することにより水分を飛ばすことでしっかりと濃縮された海のミルクが、かみしめるたびに口の中に溢れてくる。豊潤な香りが暴力的に口から鼻腔に抜けていく。しっかりと絞りかけたレモンの酸味と芳香が、牡蠣の旨味を一段と広げリッチにしてくれる。

ツブ貝も同様だ。しかも硬くない。ペロッと食べられたことに驚いた。私は「焼いた貝は固い」という固定観念が強かったのだが、見事に砕かれた。

干物

ホッケか。いや違う、ホッケはもっと幅のある魚である。これは八角の干物だ。一人半身だという。

ちょっと待て。

八角は高級魚だ。干物にしてしまうのもすごいことだが、飲み放題付き5000円のコースでこんなものを出して、店は採算が合うだろうか。

しかし、店主はしっかりと採算は取れていると断言した。

純白の大根にたっぷりとレモンを絞りかける。八角の身をほぐし大根とともに口に入れる。干物を食べるのは久しぶりだ。いつだったか、減塩を始めてから干物を食べた時に、あまりにしょっぱくて食べられなかった。それから干物とは距離を置いていた。

しかしこの八角は違う。

大根が鬼おろしだ。このゴツゴツとした食感が八角のほくほくとした身と対照的である。しかも干物だと言うのに大してしょっぱくもない。

これは嬉しい。

このような干物であれば、私も多少食べられる。しかも八角はそれほど身が多い魚ではない。味わって食べる魚だ。

刺身も良いが、魚の旨味がぎゅっと濃縮され、タンパク質やアミノ酸に分解されることによって、旨みが増加した干物は日本が誇る食文化だ。

ホタテ焼き

これもまた素晴らしく柔らかい。しかも見た目に反して薄味だ。いわゆる浜辺で売っている、しょっぱくてかたい焼きホタテとはまったくの別物だ。

別格だ。

素材の鮮度と料理の腕がこの味わいを実現しているのだろう。これが5000円のコース料理であることに驚く。

そして締め

まさに宝石箱。黒い海苔の上に純白のご飯、トッピングは黄色いウニと鮮やかな紅のいくら。

まさにシャアザクと百式の競演と言ってもおかしくないだろう。
そう白はユニコーン、黒はドムだ。

海苔でくるみ、指でつまみ上げる。口の中に入れれば、ああ、至福の味わい。こんなものが飲み放題付き5000円のコース料理で食べられるとは、誰が想像できるだろうか。

これを食べない奴がいる。手をつけない輩がいる。隣に座っていた北見市民は、もったいないと片っ端から他人の分も食べていた。

これが若さか。気持ちは分かる。

もう少し若ければ、私も躊躇なく同じことをしていただろう。

ごちそうさま

デザートがでて宴会は締められた。階段から降りると靴がフロアに並べられていた。五十足も並ぶとなかなか壮観な眺めだ。カウンターに座っていた女子客も大量の靴を見て驚いていた。

さて、二次会に行きましょう。

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