松風苑の思い出
松風苑。沖縄では有名な老舗の和食店である。おいしいだけではない。その店構えと美しい庭園が特徴でもある。私が沖縄に来たばかりの頃、まだまだ未開であった南風原の地に店を見つけた。
当時、もともと那覇にあった店が南風原に移転したのだと、地元の人間から聞かされた。仲井間の交差点から国道507号線に入ると、途中から砂利道に入り、その突き当たり付近に店があった。
15年ほど前のことだろうか、一度だけ一人でランチを食べに来たことがある。なんとなく和食が食べたくなったのだ。
当時は那覇市内できちんとした和食のランチが食べられる店はさほどなかった。せいぜい那覇新都心の彦だろうか。だが、あそこも何度か訪れていたので、毛色の違う店に行きたくなったのだろう。わざわざ当時住んでいた安里から車で南風原まで向かった。
少しランチタイムを過ぎていたが店に入ることができた。通されたのは15人ぐらいが入る大きな部屋だ。客は私ひとり。大きな広間で、お一人様ランチ。
まるで罰ゲームのようだった。
仲居さんを呼ぶにも店の中が広いせいか、なかなか来てもらえない。呼び出しボタンもなかったと記憶している。
とにかく、美味かったのかまずかったのかほとんど記憶がない。お座敷でぼっちのランチはきついと言う思い出しか残っていない。
店の門構えはしっかりした作りだ。
観光地あるある
時がたち、今では松風苑のある津嘉山に住んでいる。正直、店まで歩いて行ける距離だ。行こうと思えばいつでも行ける、そのように考えると人間はなかなか行かないものである。
東京で言えば東京タワー。沖縄であれば首里城。
燃えてしまったとき、テレビでさんざん「首里城はうちなー(沖縄)心だ!」と言っていたが、ここ10年以内に首里城を訪れた那覇市民はおそらく20分の1も、いや30分の1もいないのではないだろうか。
首里城の近くに住む人間が散歩に行くのならともかく、駐車場も狭く、観光客も多く、周囲には一見さん専門の高額な店しかない。国際通りでぼったくりの店にわざわざ被害に遭いに行くようなものだ。
実際、私も首里城を最後に訪れたのは10年ほど前だ。それも内地からの客を案内するために行った。自発的に行った記憶は無い。妻はそれこそ首里の生まれ育ちであるが、20年ほど首里城には行ったことがないだろう。
そんなものだ。
今夜、勤務先の役員懇親会がこの松風苑で行われると言う。那覇から離れた場所だけに役員の半数以上が出席を拒否した。だが、用意された席は15人。なぜこんなにも人数が多いのか?
その謎はすぐに解けた。
社長の知人らが全国から沖縄に集結していると言うのである。大半は私も顔見知りだ。
南風原町津嘉山 松風苑
店に着くと入口に参加者がたむろっていた。日本庭園を想い起こさせる門をくぐると錦鯉の泳ぐ池がある。
まだ会場設営中だということだ。予約をする人数を間違えたらしい。せっかくなので庭園を散策する。
さまざまな花も咲いている。この建物はウルトラマンの脚本家、金城哲夫の生家である。にかいには書斎が今でも保存されているとの事だ。ここに店を構えて65年。移転した事は1度もないと言われた。
どうも私は昔、誰かにガセネタをつかまされたらしい。
ヤクルト戦を散策すると、準備ができましたと告げられる。そして腹に通された。
すき焼き
お座敷にはずらっと席が並べられていた。松風苑と言えばすき焼きかしゃぶしゃぶだ。本日はすき焼きコースだと言う。
宴会が始まった。すき焼きは全てスタッフが調理してくれるので、われわれは上げ膳据え膳で食事をすることができる。
この地ではすき焼きをフライパンで作るのが一般的である。「すき焼き」は肉豆腐を意味する。それが沖縄だ。
しかしこの店ではきちんと鉄鍋を使って調理する。割り下を使って調理する。最初に導入するのは牛脂とニンニクだ。
ニンニク。
これもまた沖縄ならではの独自性だ。最初、すき焼きにニンニクを入れると言われた時、少々頭を殴られた気がした。
すき焼きに玉ねぎは鉄板だが、すき焼きにニンニクを入れるとは、私の知る限り、全国どこにもないのではないだろうか。
豊橋ですき焼きに練り物入れると言われた時はなんとなくわからないでもなかった。だがニンニクはちょっと違うのではないだろうか。
そしてもう一つ、野菜にキャベツがある。すき焼きの野菜と言えば白菜が鉄板であろう。それ以外の葉野菜を入れるとしてもなんだろうか。春菊は別として山東菜くらいしか思い付かない。
もちろん白菜もあるのだがキャベツがざく切りされている。白菜の代わりにキャベツならば盛岡冷麺と同じ理論であるが、双方を入れるのがこれまた沖縄風なのか、それとも松風苑独特のレシピなのか。
分らぬ。
だが、美味ければどうということはない。
割り下が沸くと牛肉が投入される。火が通ったら生卵につける。卵の黄身と白身を軽く混ぜた「とんすい(鍋を取る小皿)」に加熱済みの牛肉を投入することで脂の甘み、肉の旨味、そして卵のコクが合わさる。肉は割り下を纏、ほのかに甘辛いダシの効いた割り下が、肉の魅力を存分に引き出す。
サシの入った霜降り牛ではないが、見た目あんまりうまそうに見えない赤身肉なのに、口に入れると十分に美味である。これまた不思議だ。ウルトラマンパワーがなせる技なのであろうか。
酒はもちろんハイボール。ご飯を欲するものは別途注文する。コースに入っているのだ。私は遠慮しておく。なぜならば締めはすき焼きに投入するうどんなのだ。このすき焼きうどんをまた玉子に絡めていただくのである。
たまらん。
ごちそうさま
おなかいっぱいだ。宴席はお開きとなり、皆は那覇に戻ると言う。私の自宅は近所だ。那覇まで行くのは非合理的だ。
だが、この津嘉山に、こんな南風原の田舎にガールズバーがあると言う。せっかくなので行ってみることにした。Google マップに示された位置は、どう考えても何もない空き地なのだが、ものは試しで行ってみよう。
Google マップから50メートルほど離れたところに飲み屋ビルがあった。BIGの隣だ。裏は分譲中のマンションだ。この地に住み始めて丸4年、一人で飲みに出たのは初めてだ。
そんな記念すべき初体験のおり、カウンターで隣席に座っていた若い客は取引先の営業マンだった。彼もまたこの地に住んでいた。
なんと言う偶然だ。
そのまま盛り上がって飲みすぎた。家に帰ったのは0時前だった。
明日はおとなしく早めに帰ろう。
数年前に五十路となったバツイチ男性。昨日は沖縄、今日は北海道、明日は四国…出張三昧の日々、三年間で制覇した店は千店舗を超えた。日本全国及び海外での食事を記録したブログである。五十路とは本来「五十歳」を意味するが、現代社会では「50代」と誤った認識が定着している。それにあやかりブログのタイトルを名付けた。(詳しく読む…)