岩手県一関市 小角食堂 あんかけカツ丼

千厩(せんまや)駅

岩手県一関市。この地の名物グルメとはなんだろうか。正直思い浮かばない。「一口餅膳(ひとくちもちぜん)」なるものが名物らしいが、今この時点で餅を食べたいとは思わない。新幹線の中で駅弁は食べたくない。

今朝は6時前に食事をした。8時間の空腹に耐えてでも、やはりお店で温かいものが食べたい。

ネットで一ノ関駅の近辺の飲食店を検索する。駅前にソースカツ丼の店がある。とても有名らしい。多くの芸能人もここで食事をしたとのことだ。

新幹線の停まる駅近くの食堂であれば、有名かどうかはともかく、ロケが終わった芸能人が店に立ち寄る事は十分にあるだろう。なんせ新幹線は1時間に一本しかない。

他に思いつくものもなく検索を続けていると、ふと一つの店が目に止まった。

あんかけカツ丼。

しかも蕎麦のセットと書いてある。いいね。できればとびっきり白くて細いそばが食べたい。この店の蕎麦は色白のようだ。

それにしても「あんかけカツ丼」とはなんぞや?一関市千厩(せんまや)。おそらくもとは一関市ではない自治体が平成の大合併で加わった違いない。

クチコミにはソースカツ丼よりもこちらのあんかけの方が美味であると書いてある。

ソースカツ丼は全国各地に散見される。北は北海道名寄市から、南は…知らない。とりあえず福井県が有名である。

だが、この地でソースではなくあんかけカツ丼が存在するとは。これは食べねばならぬ。一関駅からは車で30分ほどの場所だ。レンタカーだからちょうどいい。しかも目的地の大船渡までの通り道である。

本日のランチを心に決めると、私は新幹線はやぶさに乗った。

ああ、ついに沖縄で新たなコロナウイルスの感染者が出てしまった。スペイン帰りの10代とのこと。若いのに海外旅行ではしゃいで疲れて免疫機構が弱まって感染したのだろうか。

小角(こっかど)食堂

一ノ関駅から車で30分ほど走って目的地に着いた。道沿いに店はあるのだが、駐車場が見当たらない。ネットには店の裏側にあると書いてあったが、その「裏側」が見当たらない。

少々迷いつつ裏道と思われる道を通ってみると駐車場があった。これを裏側と称するのは正しいのだろうか。

とりあえず車を停めて降りる。看板の指示に従い奥に進む。ひたすら奥に進む。そこにドアはあるが店名も何もない。扉を開けるとお座敷が並んでいる。廊下を抜けると終点に食堂の2文字があった。

扉を開ける。目的地だ。まさにそれといった佇まい。確かに店の裏手ではあるが、都会の人間とはスケール感が異なる。まさに田舎あるあるなのだろう。

ランチタイムを過ぎた店内はガランとしていた。このご時世だ、店が開いているのか不安だったので、新幹線に乗る前に店に電話をして確認しておいた。表通りに面した席を陣取った。

メニュー

さて、何を食べようか。メニューを見る。

やはり鉄板はあんかけカツ丼だ。

それ以外のメニューも一応

壁には新作メニューも掲示されている。

やはり迷うことなく、あんかけカツ丼、いや、あんかけミニかつ丼セット(冷たい蕎麦)である。

ネットの口コミに、カツ丼は海苔巻き程度のご飯の量しかなく少なすぎると書いてあった。この店の顧客層が年齢高めであれば十分に考えられるが、その場合はどこかで追加のおやつを食べればいいだろうと対応策を検討した。

あんかけミニかつ丼セット

蕎麦

まずは蕎麦から食べてみよう。ネットには蕎麦がキンキンに冷えているので、カツ丼との温度差で歯がやられると書いてあった。

ドンダケ知覚過敏なのだろうかと思いつつ、そばチョコにわさびとネギを入れ、そばつゆに鼻を近づけた。力強いカツオ出汁の香り。少し舐めてみる。味付けは辛口ではないが、かといって甘くもない。

やや太めの白い蕎麦にそばつゆをつけてすする。のどごしはまあまあ。コシもまあまあ。おそらく機械打ちだろう。だが悪くない。本当はもっと細くてつるつるっと喉越しの良いそばが食べたいのだが、贅沢は言えない。

それでもキンキンに冷えた蕎麦はそれだけ美味い。ぬるい蕎麦はおいしくない。冷たいものは冷たくして食べるべきなのである。

あんかけカツ丼

見た目はご飯を入れたどんぶりの上部にカツが3切れだ。ソースが載っているようにも見える。だがその照りはソースではない。あんかけのものだ。ソースのテカリとあんかけのテカリは異なるが、見た目にはハンバーグソースのようにも見える。カツはモモ肉だろうか、脂身がない赤身の肉だ。

さてどんな味がするのだろうか。まずはカツを一口かじる。口の中に広がったのはソースの味。慣れ親しんだ中濃ソースの味わいだが違和感を覚えた。

何か違う。
パンチがない。

そう、ソースが持つファーストインパクトが見事にマイルドに抑えられている。それだけではない、ソースの尖った部分がすべてまろやかに包み込まれているのだ。

これが日本の素材と調味料、鯖節にかつおだし、さらにみりんや砂糖といった和食の調味料を駆使した和洋折衷、新しい次元に味わいを進化させたのであろう。

店内の説明に書いてあるように、あんかけはとんかつをべちゃべちゃにしない。ご飯にも染みない。とんかつの上にとどまっているだけではない、キャベツを侵食することもない。とんかつのサクサク感は保持する優れモノなのだ。

一般的にソースカツ丼は、水分豊富なサラサラとしたウスターソース状の液体に衣を浸すために、通常に揚げたのではパン粉が液体に侵食され、べちゃべちゃになってしまう。

そのために、どういう技法かは知らんが、おそらく細かく砕いたパン粉と小麦粉以外の何かを混ぜ、非常に硬い衣にする。ソースに負けない硬い衣を肉にまとわせ、ソースにつけるのが一般的だと思う。

ソースに負けない衣はとても硬く、食感が良いとは言い難い。

だが、玉子で閉じ、めんつゆでべちゃべちゃになったとんかつよりはまだマシだと、そういう者がソースカツ丼を考案したのだろう。福井では「ソースカツ丼」「玉子カツ丼」と称されていた。

めんつゆに砂糖加えて出汁で玉ねぎとメインを煮て仕上げに卵でとじるスタイルは、かつ丼でも、親子丼でも、他人丼でも、開花丼でも同じだ。学生時代に蕎麦屋で中台のバイトをしていた私が言うのだから間違いない。来る日も来る日も丼をひたすら作り続けた六本木のランチタイムだ。

だが、玉子のコクとめんつゆの深み及び砂糖の甘みの三位一体を拒否する、好ましいと思わない者はキリッとしまったソースカツ丼が理想的だと考えるのであろう。

確かにそれも一理ある。
とんかつとは本来そうして食べるべきものである。

だが、それではただのカツレツである。丼のような一体感を味わう事は果たしてできるのだろうか。少々疑問に感じながらも、ソースカツ丼が名物だと宣言されてしまえば、おいしいと頂いてしまうのがミーハーな私だ

然るに、このあんかけは全く別物だ。ソースカツ丼の良いところと、玉子とじカツ丼の欠点を見事にソリューションした、素晴らしい食感と味わいを私に与えてくれる。

こんなにも優れた料理が、どうしてメジャーにならないのだろうか。

それとも製法は一子相伝の秘伝書に認められているだろうか。確かにこの店は江戸時代の創業のようだ。何か幕府からの密命があり、もしくは今でも店主が草としてこの地に根付いているのかもしれない。いや、いまは家康の時代ではない。内務省の時代でもない。やはり内閣調査室か、もしくは戦後、GHQによってCIAのヒューミントとなったのかもしれぬ。

恐るべし、千厩地区。平安時代に千の厩舎があったことから名付けられた地名、義経の戦いを支えた馬を育てた地であるのは伊達ではなかったか。

あんかけカツ丼の欠点といえば、個人的にキャベツが足りない位だ。申し訳程度のキャベツではなく、たっぷりと載せて欲しい。

キャベツなど不要だ、と唱える客もいるだろう。それは間違いだ。カツ丼とソースとキャベツ、この3つは切っても切れない関係なのだ。まるで親子のように、兄弟のように、赤の他人になりたくてもDNAと戸籍に縛られて、切りたくても切れない縁切り難い深い関係なのだと断言せざるを得ない。

その一つを「不要だ。」などと軽々しく口にするなど、人としてあるまじき行為なのだ。

蕎麦湯

最後にソバ湯で締める。もちろん、高血圧で減塩必須の私は、そば猪口の中身を空になった丼にぶちまけ、新たに蕎麦湯の注ぎ入れる。

湯桶からほとばしる水流にゆらゆらとたゆたうそば猪口の水面を眺めながら、落ち着いて、心落ち着かせて蕎麦湯を口に含む。ほんのりと広がるそばの香り。

ああ、なんて優しい味わいだ。

午前3時半に起床して、おでんを作り、6時半に家を出てここまでたどり着いた。こんな疲れた私を包み込んでくれるかのようだ。癒してくれるかのようだ。

ごちそうさま

これで950円。何と言うコスパだ。とんかつの肉も厚くジューシーであった。隣町の特殊な豚肉を使っているようだ。

満足だ。

帰りは表玄関から店を出て、ぐるっと駐車場まで歩いて行った。やはり裏手と言う距離ではない。こんなにも敷地が広いとは、うらやましい気がする。とはいえ雪深いこの地では、一度でも雪が降れば除雪に追われるのが見えている。

とにかく満足したのだ。大船渡に向かうことにしよう。

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