新町商店街の怪異
コロナウィルスで飛行機は空いていた。空港から青森駅に向かうバスの乗客はまばらだ。バスを降り、駅前の新町商店街を歩く。マスクをしている人がいない。していると県外から来たことがすぐにばれてしまいそうだ。
さて何を食べようか。とんかつか寿司かそばか、それが問題だ。
最初に目についたのは朝市寿司。名前は良さそうだ。大間産のマグロもあると書いてある。しかし黄色いのれんには、釧路産だのエゾジカだの、青森ではなく北海道の食材が堂々と書いてある。
店の看板も少々くたびれた感があり、入口はなんだか薄暗いモヤがかかったような感じがする。負のオーラを感じるのだ。
気になってネットの口コミを調べてみた。Googleでの評価は2.5。なかなか見かけない低成績である。多数の口コミはほぼ同じ内容だ。
- 高くてまずい。ネタが腐っている。
- オーナーのおばちゃんの接客態度が最悪
- 店に入る前に口コミを見るべきだった
- 怖いもの見たさで入ったが後悔した
- 青森市民にはある意味有名な店
なるほど、那覇市民にとっての母子家庭のような存在か。だが、母子家庭はスナックであるし、悪い話も聞かない。行ったことがある客に会ったことがない。ただ誰もが知っている、それだけだ。
怖いもの見たさと言う言葉があるが、ネットの口コミは信憑性に欠けるとは言え、悪い評判はバリエーションが少ないために、同じような内容に収束する。
うまい店はそれぞれ人によって好みも違う。嗜好品だからこそ、あそこが美味い、いやあっちが美味だ、いえいえこっちの方が好みだ、なんて話で盛り上がる。
反対にあそこの店はまずいと言うような話題だとまあまあ意見が一致する。
たまに意見に同調しない人がいる。そんなに不味くないと不思議がる者がいる。メシなんて食えればいいんだ、と元も子もない一言でぶった切る輩もいる。これらは残念ながらほぼ9割の確率で犬舌な人たちだ。
徳島では味音痴を犬舌(いぬじた)と呼ぶのだ。
青森市内で飲食店を営む知人に真偽を確認したところ、被害に遭うのは来店客だけではない。かの店の女将は、食事をしておきながら店に難癖をつけて金を払わないばかりか、商品券までむしり取られたと被害を訴えていた。
恐ろしい。
ほぼ893やないけ。
寿司処 あすか
続いてもう一軒の鮨屋に遭遇した。こちらどす黒いオーラが漂うこともなく、ただ、閑散とした商店街で客を静かに待ち続けているかのようであった。
メニューを見る。ふむ。悪くないか。店のドアを開けた。カウンターメインの座席配列。当然、おひとりさまの私は奥の方のカウンター席に通された。回らない寿司店である。
清潔感の溢れた明るい店内、木目調の内装が私の好みだ。BGMは穏やかな静かなジャズ。やはりコロナ騒動のせいか、ランチタイムだと言うのに少々静かである。
メニュー
入店前に店頭のメニューでランチを確認した。薔薇チラシ…十和田豚バラ焼きもローズソースだか君に薔薇薔薇だか、青森県民は薔薇に憧れでもあるのだろうか。海鮮丼はないな、おそらく明朝は魚菜センターでのっけ丼を食べるに違いない。必然的にも消去法でも握りランチしか選択肢がない。
お好みで握りを注文することもできる。値段は安くもないが高くもないか。
ランチは椿を選択。シャリは小さめでお願いした。注文はタブレットで行うので、間違うこともない。せっかくなので本日のおすすめもチェックする。
幻の魚「石凪」をセレクト。いったいどんな味がするのだろうか。楽しみだ。
ランチ 椿
ミニサラダがセットになっているのがうれしい。寿司を食べるとどうしても野菜不足に陥りがちである。シャリが多いと糖質を摂りすぎてしまう。五十路にもなれば栄養バランスを考えないと寿命を縮めることになる。
本日の鮮魚は白身がそい、光りものはアジだ。いずれも卒なくうまいのだが、感動がない。
その土地土地で獲れた地物を食べると、なにかしら鮮烈な印象が残るものだ。苫小牧のホッキ貝、根室や小樽のウニ、北海道のサーモンなどなど、鮮度がいいのかモノがいいのか、産地で食べると明らかに味わいが鮮明に異なるのだ。
だがこの店にはそれがない。
そいは脂が乗っており、甘みもあり、身の旨味をしっかりと感じられる。しゃりとのバランスも良い。
マグロの赤身は透明感溢れていて、血の旨味と酸味のバランスが取れていてなかなかのなものだ。意外であった。
対して炙りトロは脂のノリがいまいちである。あのねっとりとしたトロ独特の脂の甘みがない。何かレアのステーキを食べているような、そんな感じだ。ビジュアルはとても映えるが、味がついてこない。残念だ。
シャリはいかにも機械が握ったようなきれいな形をしてた。そういえば、カウンター内には職人が何人もいるが、握ってる人物が見当たらない。そう思ったら、カウンターの端にいた職人がきちんと手で握っていた。なるほど。
ウニいくら軍艦はかなりいただけない。ウニは見た目が褐色に近い黄色で、これだけで味は期待できなかった。食べてみると、まずいくらの旨味の後から醤油の塩気と香りが広がってくる。
完全にいくらの味に勝っている。
こいつがウニのコクと旨味まで覆いつくして消し去っている。商店街のスーパーで売っていたウニの方が安くて旨そうだった。
石凪(いしなぎ) にぎり
石凪と書いてあるが、ネットで調べたところ正式には「石投」と表記する。大型の深海魚とのことだ。高価ではないが珍しいとのことで、幻の魚と呼ぶのも大げさではないようである。
いかにも若いよ食べてる間でもな、脂も乗ってない、感触もそれほどしっかりとあるわけでもない、まだまだ熟成してないような、子がとれたような、成長が足りない、そんな感じだった。
珍しければ美味いというわけではない。
味噌汁
薄味仕立て、出汁が効いている。細切りの大根はホロホロと柔らかく、えぐみなく、体に優しい味わい、そんな味噌汁にわかめのしっかりとした食感がアクセントを与えてくれる。薬味ネギが彩りと香りに変化を与えてくれる。
ダメだ、こいつはダメだ。
バランスの取れた味わいに釣られて全部飲んでしまいそうだ。塩分過多になる。高血圧の私には敵でしかない。キャッチと分かっているのにきれいなお姉さんについていくほど私は若くもない。
4分の1ほどを飲んで箸を置いた。この店で最美味なるは脇役のこいつであったか。まさに名バイプレーヤーである。
ごちそうさま
締めに烏龍茶が出てくると聞いていたが、一向に出てこない。別に呑みたいわけでは無いから、もういいか。会計をする。
「まだデザートも烏龍茶が出てないのですが。」
もういいです、と断って会計を済ませた。値段相応かな。リーズナブルだけど、それまでだ。回転寿司よりは落ち着いて食べられるか。
そこそこ美味い寿司をリーズナブルに食べるにはいい店だ。しかし地物をしっかりと味わいたい人には物足りないだろう。
数年前に五十路となったバツイチ男性。昨日は沖縄、今日は北海道、明日は四国…出張三昧の日々、三年間で制覇した店は千店舗を超えた。日本全国及び海外での食事を記録したブログである。五十路とは本来「五十歳」を意味するが、現代社会では「50代」と誤った認識が定着している。それにあやかりブログのタイトルを名付けた。(詳しく読む…)