のどぐろ日本海

出雲市駅 のどぐろ日本海 ノドグロ塩焼き

出雲と言えば

出雲大社、出雲そば、日本酒。出雲と聞いて思い浮かべるのはこれくらいだろうか。出雲の人間も同じことを言う。

「出雲には大社と蕎麦と酒しかありません。」

だが私にとって出雲はあまり嬉しくない土地だ。酒の飲み方が激しいのだ。日本各地に酒のみと言われる土地がある。だが宴席を「戦」とみなすのは出雲人だけではないだろうか。高知の献杯返杯も激しいが、あれは小さなグラスを使う。出雲では鍋の取り皿「とんすい」を使う。3年前のことだが、出雲で飲まされ、あっという間に撃沈した。

だいたい、農薬噴霧器に日本酒を入れて人を捕まえては呑ませるなどという、狂気じみたことをする奴らを出雲以外で見かけたことがない。2年前に出雲に来た時は、運よく(?)夜行バスで移動したので宴席という戦を逃れることができた。昨晩は飛行機の関係で宴席に遅参したので、噴霧器で酒を飲まされたものの、私は大きな被害に遭わずに済んだ。参加者の中には、ものの2時間で泥酔して前後不覚に陥り、道かどこかで寝ていたところを通りがかりのパトカーが見つけ、ホテルまで送られた者もいたようだ。

戦が済んでそそくさと会場から外に出た。店を出るときに二次会があると言われた。確か会費は払ったが、長旅の後で再び戦に戻る気力も体力もなかった。ふと前方を見ると、吉良と鈴木の二人が「別の店に行く。」と私に告げ、みんなとは違う方向に歩いて行った。

ん?あいつらどこ行くんだ?

少し酔った頭で考えた。

あの二人は資産家だ。それもかなりの資産家だ。あいつらの行先は…うまいものが待ってるに違いない。

私は二人を追った。すると、私と同年齢の真椎さんが私を見つけて追っかけてきた。

「もう二次会はいいから、うまいもの食おうよー。」

さらに、先の二人の会場を手配した忍野さんが、後ろから早足で私たちを抜き去りながら言った。

「のどぐろ焼いてもらってるんですよ。」

私の読みは当たった。出雲は島根県だ。錦織の出身地だ。のどぐろだ。その専門店があり、なかなか予約がとれないのだが、まさに今、25cmもの「のどぐろ」を焼いて待ってるという。行かない手はない。忍野さんに聞く。

「人数増えても大丈夫かな?」
「たぶん大丈夫ですよ。」

やり取りを見ていた吉良と鈴木が露骨に嫌そうな顔をしたが、見なかったことにした。私の頭の中はもうのどぐろでいっぱいだ。一次会の食事にまったく手を付けなかった隣の席の吉良を見たときに、このあとなにかあると睨んでいた。

のどぐろ日本海

出雲市駅はJRと一畑電鉄の2つの路線が通っている。JRの駅を過ぎて一畑百貨店の向いにその店はあった。

真椎さんはだいぶできあがっていたが、判断力には問題なかった。噴霧器で日本酒を飲まされれば誰でもこんなになるよなぁ、と思いつつ、もう若くないんだからこれは早く帰って寝ないと明日キツイな、とも感じていた。全員でハイボールを頼み、のどぐろを待つ。となりの部屋の団体がうるさい。どういうやつらだと思って、トイレに行くついでに部屋をのぞいたら、知人らのグループだった。うわぁ、勤務先の役員までいる。こんなところでも戦が始まっていたのか。

そんなこんなしてるうちに、どどーんと「のどぐろ」が出てきた。

でかい。見た目にうまそう。

身に箸を入れる。ふわふわだ。口に入れる。脂がのった上品な白身の香りが口の中に広がる。塩もいい塩梅にきいている。皮がまたうまい。骨からもするっと身が離れる。ほくほくだ。口に入れ、ハイボールで脂を流す。んまい。やっぱのどぐろうまい!自宅で焼いたらこんなにおいしくはならないだろう。職人の腕があってののどぐろだ。味わいだ。

AIを使えば、機械でも魚をベテラン職人みたく焼けるようになるかな…

頭まで箸を入れてすべての身を食べつくした。とりあえず満足だ。そんな私を見た鈴木がむっとして言った。

「俺ら3人で飲むつもりで、この店予約したんですよ。」
「まあまあ、わかったわかった。おじさんたちは帰るよ。」

私はそう言って、真椎さんを連れて店を出た。真椎さんは偶然にも私と同じホテルに宿泊していたので、駅前のセブンイレブンに寄ってからホテルに帰ろうとしたのだが、出雲の夜はまだ終わらなかった。

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