リーゾ カノビエッタ
浜松町の社宅をでてから東京、そして八重洲地下街をさまようこと1時間。二日酔いの胃にやさしい朝食が食べたい、そんな小さな希望すらかなわない大東京八重洲地下街。電車の時間が近づいてくる。朝ごはんはあきらめるしかないのかも…絶望に打ちひしがれた私の前に現れたのはイタリアンな朝食。
そうだ。
今の私に必要なのはリゾットだ。おじやだ。粥だ。炭水化物とスープのマリアージュ。麺ではない、ご飯と汁もののコンビネーション。先ほど、ひや汁に心動いたのも、私の身体が、本能が、潜在意識が求めていたものだったからだ。
復活だ。人間、あきらめたらあかん。「捨てる神あれば、拾う神ありあり。」やで。
メニュー
新生姜と鳥もも肉のリゾット茗荷風味か。美味そうだ。身体にも良さそうだ。何と言っても私の大好きなミョウガをフューチャーしてるのが…って、あれ?モーニングしかないのかな。
店に入る。カウンター席に案内される。テーブルに目を落とすと、そこには無情にもモーニングのメニューしか置かれていなかった。
トーストとリゾットのセット。
はあ。
ご飯とパンを一緒に食べまつか。
マジでつか。
ご飯のおかずにチャーハン食べるのとおんなじちゃいますか。
選択肢はAかBしかない。運が尽きたか。ここまでか。仕方ない、メニューを指差して注文する。Aセットください。
「お客様、そちらBセットですが。」
おお!確かに私の指が指したはBセット。動揺してるのか?
ダメだ、こんなことでは朝食を乗り切ることなどできぬわ。落ち着け。すいません、Bセットお願いします。
ふーん、動物性油脂もニンニクも唐辛子も使わないと。どちらも好物なのだがな。どういうこだわりかよく分からんが、ニンニクなしでイタリアンが成立するのだろうか。洋風おじやなのか和風リゾットなのか。米はアルデンテ。そこはイタリアンなのか。
まあ、いいや。負け犬が遠吠えをしても、何も変わらない。
トーストとリゾットのセット
そして出てきたパンと洋風おじやの皿。緑の油も添えてある。これをパンにつけろと指示される。見ればわかるわ。負け犬だからって、そんなに上から目線で客にモノを言うな。
私は完全に自分を卑下していた。世の中のすべてが敵にしか見えなかった。
仕方なく、パンに油をつける。こんな小さな皿だとパンが入らんではないか。どこまで嫌がらせをすれば気がすむんだよ。油がなんだかザラザラするな。塩か?レバ刺しにつける、ごま油と塩みたいなもんか。レバ刺しって、今は食べられないんじゃなかったか。もう、なんでもいいや。油と塩を付けたパンを口に入れる。
へ?
カリッと焼いたパンの中はもちもち、口の中にオリーブオイルの爽やかな香りと、コクのある塩気が広がる。
美味いじゃないか!
これは塩ではない。チーズだ。パルメザンチーズだ。なるほど。こう言う食べ方もあるのか。それによく見れば小さなスプーンが添えてある。パンちぎって皿に入れるのではなく、スプーンですくってパンに載せればいいのだよ。
スタッフが隣の客に皿をサーブする。
「お好みでこちらのオリーブオイルとチーズをパンにつけてお召し上がりください。」
意気消沈していた私は、店員のアドバイスを正しく聞いていなかったのだ。
なんと言うことだ!またまた復活だ!
気を取り直して、リゾットだ。スプーンですくい、口に入れる。
ああ、優しい味だ。控えめだがしっかりと口に広がるトマトの酸味。薄味のスープ。米はまごうことないアルデンテだな、固くもない。食べにくくもない。ズッキーニの食感と香りがいい。これは、トマトというより夏野菜のスープリゾットだ。
紅茶が私の好きなアールグレイでないのが残念だが、無問題だ。リゾットを食べ、パンにオリーブオイルをつけて食べるローテーション。パンとご飯の組み合わせ。
美味かった。満足だ。そう、最後の最後で私は大逆転を果たしたのだ。
勝ったのだ!
日頃、幼い娘に食わず嫌いはダメだよと言っている私が、この体たらくでどうすると言うのだ。固定観念は冒険の障害でしかないのだ。常識は大人たちのスラングなのだ。それはビバハピなのだ。
茗荷風味、食べたかったなあ。次の楽しみにとっておこう。私の中の東京駅グルメがまた1ページ。押忍。
数年前に五十路となったバツイチ男性。昨日は沖縄、今日は北海道、明日は四国…出張三昧の日々、三年間で制覇した店は千店舗を超えた。日本全国及び海外での食事を記録したブログである。五十路とは本来「五十歳」を意味するが、現代社会では「50代」と誤った認識が定着している。それにあやかりブログのタイトルを名付けた。(詳しく読む…)