鮨 やま下 刺身盛合せ

徳島市紺屋町 すし やま下 つまみと握り

日曜の夜、徳島にて

前橋市から新幹線と飛行機を乗り継いで徳島を訪れた。明日の朝一番からの打ち合わせのため、前乗りしたのだ。昼前の便で東京に戻るので、まさにトンボ帰りだ。今回は定宿ではなく、取引先のオフィスに近いホテルに宿泊した。日曜の夜だ、どうせ繁華街は大半の店が閉まっているだろう、ホテルの近くで夕食を済ませればいいだろうと考えていたのだが、それは甘かった。

繁華街を離れると、まったく店が開いてない。25万人以上が済む都市である。それがこれほどまでに日曜の夜は店がないとは誤算であった。結局、繁華街まで行かなければ食事にはありつけないことが判明し、タクシーで向かった。

外は雨だ。冬の雨は寒い。冷たい。

しとしとと降る氷雨のなか、傘を差しながらあてもなく繁華街をさまよう。やはり営業中の店がない。たまにあっても、予約でいっぱいだと断られた。地元で大規模な養鶏も営む、卵かけご飯専用の醤油販売業の知人に店を教えろと連絡したが、返事をよこさない。

これは誤算だ。田舎とは言え、徳島市は県庁所在地だ。これほどまでに徳島市民はサザエさんやちびまる子ちゃんを家庭で見ることが条例で定められてでもいるのだろうか。那覇ですら、いくつかの店が開いている。

そんな私の前に現れた一軒の鮨屋。

すし やま下

ドアを開けるとカウンター席が目に入った。数人の客が食事をしていたが、その一角に席を用意してもらえた。

さて、なにを食べようか。達筆で書かれたメニューに目を通す。ネタは豊富、つまみでも寿司でも行けるとは、気持ちが高揚するではないか。

ふぐ、クエ、のどぐろと高級食材のオンパレードである。値段は書いていないが、まあ、銀座みたいな価格にはならないだろう。実は銀座で寿司など食べたことが無い。

お通し

煮こごりはふぐだろうか。クセのないあっさりとした風味と味わい。薄味の菜の花からは春の訪れを感じてしまいそうだ。まだ年末だ、春は遠い。タコは小豆煮だ。柔らかい。小豆とは見た目の色を表しているのではなく、本当に小豆と煮るのだな。薄味でうまい。

焼き銀杏

今度は秋の味覚だ。オーダー時に何粒焼きますか?と質問されて少々面食らった。今までにないパターンであった。なんとなく「5つ」と回答したら、出てきたのも五粒だった。なかなかの大粒だ。力強い香りと味わい。なかなか美味である。

刺身盛合せ

平貝はあっさりしている。ホタテの官能的にねっとりとした、西洋的と言うか分かりやすい味わいとは対照的、奥ゆかしい日本人な味わいだ。エンガワはシャクシャクとした味わい。口の中でカミカミしているとミンチ状態になり、旨味がじんわりと広がってくる。アジはあっさりとして、それほど脂はのってないが新鮮だ。シメサバがすごい。醤油などいらぬわ。

うには残念、黒うにとはムラサキウニのことだ。地物だろうか。イカは千切れないよう丁寧に細かく包丁入れた身と、刃が入っていない身との食感が組み合わさって、歯ごたえの違いが対照的で面白い。なるほど。もちろん甘みと味わいは抜群である。

醤油を使わずに刺身を食べる私のことを、大将が怪訝と言うか、険しい目でちょくちょく見ている。たまに勘違いされるのだが、私は食通ではない。高血圧で塩を摂取しないように心掛けているだけの、ただの生活習慣病罹患者なだけだ。

イカゲソ焼き

真っ白でつやつやの新鮮なイカにたっぷりの塩がかかっていた。イカゲソと言えば、生姜醤油だと思い込んでいたので、かなりショックを受けた。

仕方がない。

すでに以下の表面になじんだ塩分を取り去ることは不可能だ。すでに矢は放たれたのだ。出されたものは食べるしかない。

ほどよくミディアムレアで焼かれたゲソに添えられているのはイエローのレモンである。白身に黄色がとても映える。ここは徳島、柑橘ならば酢橘(すだち)ではないのか。イカゲソのような野性味が触れる食材には、やはり酢橘よりもレモンが合うのだろうか。大きなレモンを手に取り果汁を絞る。みずみずしい果実からたっぷりの液体があふれれ出した。手を洗い流し、箸を持って食べる。

うまい。

だが少し塩がきつい。しょっぱいまではいかない。焼きかげんも素晴らしい。

マナガツオ味噌漬け焼

コクも甘味もあってうまいのだが塩っぱい。減塩に慣れると、味噌漬けですらこんなにもしょっぱいと感じるのだろうか。今までは普通に食べていた。

それよりもこの店のガリは特筆ものだ。シャクシャクと歯応えがある、甘味控えめ、酸味も控えめで美味い。クセになる。サワーにしてもうまいのではないか?どこかの店にガリサワーなるものがあったと記憶している。

アナゴ

つまみでお願いする。塩は振られていないと思っていたが、地元民とLINEのやりとりをしている隙にツメを塗られてしまった。少し味が濃いが身がふんわりとして、ものすごく柔らかい。ほろほろだ。しかも小骨が気にならない。しっかりと骨切りをしているのだろうか。ワサビと海苔をお願いする。海苔の上にアナゴの身をのせて、ワサビとガリをトッピングする。そしていただく。

ああ…穴子の味わい、ガリのフレッシュな香り、そしてワサビの奥ゆかしくもしっかりとした刺激が一体化して口の中に広がっていく。

食べたいものを言えば柔軟に対応してくれる。嬉しい限りだ。

さより握り

蛋白ながら奥深い甘みのある魚だ。もちろん鮮度が良いから臭みなどない。安心して魚が食べれる事はとても幸せだ。これが地方の豊かさだ。特に東京では、いや埼玉や海無し県では、鮮度の悪い魚が出てこないよう、祈りながら食べなければならない。たかが刺身を食べるだけで、なぜにこれほどまでに苦労しなくてはならないのかと、理不尽さに心が折れそうになる。北海道では300%ありえない話だ。

もちろん、鮨としても完成度が素晴らしい。

足赤エビにぎり

最後に何を食べようか。ずっと気になっていたのがエビだ。ボイル海老。車海老を使うことが多いのだが、何か違う。車海老よりも身が厚くて見た目も赤い。メニューには足赤の文字。ネットで検索する。明石付近で取れる、冬が旬の希少エビと書いてあった。車エビの仲間である。

これは食べねばならぬ。まさに邂逅。急に徳島を訪れることになったのは、このエビと出会うためだったか、この店を訪れるためであったか。いや、打合せのためだ。

まぁいい、握りでいただくことにする。やはりでかい。1口で食べられるサイズではないので、大将が包丁で二つに切る。もちろん醤油をつけずにいただく。エビの身からは上品な香りと甘み。これが日本の海老だ。

大将がカッと目を見開いて私を見る。だから、食通とかではないって。ただの高血圧患者ですってば。

ん?

ふいにエビ味噌のようなコクのある甘みが口の中に広がった。数分前に記憶を戻してみる。確か、握っているときに、えび味噌のような部分があったの私は見逃さなかった。これが味のアクセントか、味覚のキモか。確かにうまい。身の厚さ、ボリューム感、エビ味噌のコク。知る人ぞ知ると言われるだけのことがあると納得する。こうなれば、ぜひとも生でも食べてみたい、味わってみたいと思わざるを得ない。

煮はまぐり

〆のあとにはデザート、いや、アンコールだ。徳島と言えば、個人的には大アサリを思い出す。蛤サイズのあさりで、こいつを取り寄せてビーチパーティーでBBQにしたのは、もう15年以上も前の話だ。まだ大学生だった妻も、その場に居合わせた気がする。正体はウチムラサキカイ。関東ではホンビノス貝を大アサリと称するらしいが、西日本ではこいつのことだ。

で、煮蛤。本当は大アサリじゃないかと、下衆の勘繰りで注文してみた。

きっちりと仕事がしてある、上品な蛤でしたバイ。

食べ終えてお勘定をする。名刺を渡すと、食通と言う疑いは晴れたようだ。なんたって私は不動産屋だ。ああ、素晴らしい店だった。次回来るときは、最初に塩控えめとしっかりと伝えよう。きっといい仕事をしてくれるはずだ。

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