チキンカツみぞれポン酢

宇野駅 居酒屋 こなき爺い チキンカツしぐれ風味

三度目の玉野

岡山県玉野市。聞いたことがない地名だ、という人が多数派だろう。近隣の住民を除けば、玉野という地名を知っている人間は皆無と言って差し支えない。

しかし、宇野と言われたらどうだろうか。

かつて本四連絡橋が無かった時代、四国と本州は長らく海に隔てられていた。昭和である。当時の交通手段は宇野と高松を結ぶ宇高連絡船がメインだ。東京発のブルートレイン瀬戸は宇野が終点であった。現在のサンライズ瀬戸は高松が終点だ。宇野駅の所在地は岡山県玉野市。この街に「玉野」という駅は存在しない。

今でこそ寂れてしまったが、昭和が終わるまで、昭和63年に瀬戸大橋ができるまでは、この地も栄えていたのだった。

玉野出身の著名人は映画監督の大島渚、ガンバレ田淵くんやののちゃんの漫画家のいしいひさいちや一条ゆかりがいる。ののちゃんの舞台、たまのの市はこの地がモデルだ。一条ゆかりは有閑倶楽部が好きだった。今でも自宅のライブラリに文庫版があるはずだ。我が家の収蔵本は三千冊を超える。収納に苦労してきたが、それも年末には解決するだろう。いや、解決させねばならない。

刈谷から東海道線、新幹線、バスに乗り継ぎ着いたのは午後6時過ぎ。ホテルにチェックインすると祝賀会に参加である。宴会である。ホテル飯は好きではないので、二次会で食べることにする。アトラクションは馬ッチョ。筋肉隆々のミニーちゃんが出てきて大ウケであった。

居酒屋 こなき爺

そして二次会。腹が減ったので飯を食いたいと、知人の地元民Aにリクエストしたところ、居酒屋を手配したとのことであった。ホテルの送迎車で連れてこられたこの店は…おそらく二度目の訪問だ。前回はほとんど記憶がない。慌ただしく食事をしたような気がする。もしくは酒を飲んだだけだろうか。締めは近くの満月堂食堂で食べたが、食事をした気がしなかった。

和風クラシックな店名とはおよそかけ離れた、若い女性が書いたであろう黒板の文字。お酒ではなくdrink、日本酒ではなくカクテル、定休日もまあまあ開いているという、田舎特有のゆるーい空気が、店の雰囲気を醸し出しているようだ。

しかし、店内はしっかりと店名とリンクしたしつらえである。厨房にカウンター席、その後ろはお座敷になっている。

お座敷にはおすすめメニューが記載されている。そのとなりで目玉おやじが風呂に入っているではないか。水木しげると何かゆかりがある店なのだろうか。

充実で正直なメニュー

さて、何を食べようか。メニューを見る。まずは「とりあえず」かな。隣は「ここだけにしかないもの(多分)」とカテゴライズされている。断言するだけの自信も根拠もない、正直な名称に店主の人柄が見て取れるというものだ。いくつかのメニューは珍しいものでもないと思う。特に「ホルモンのうどん焼き」は岡山県津山市名物のホルモンうどんのことではないだろうか。つまり「ここ」とは、この店ではなく、この地域もしくは岡山県内を指しているのだろうか。地元客オンリーの店にしか見えないのだが。まあ、県外から来た私には大変参考になる情報なのだ。

サラダも種類が多い。「どこにでもあるもの」が意外に少ない。豚キムチはどこにでもあるだろう、ホルモンキムチは違うと思う。

「そんなにいつもないもの」は手間がかかるものや、食材が常に調達できない料理が並んでいるようだ。素晴らしい。

事務的に書かれたメニューよりも、オーダーする前に「今日は無いかもしれないよ」と前もって断り書きがあれば、頼む方も心構えができているのでなくても落胆することは無い。あったらラッキーだと前向きになれる。だが、この一言がないだけで、人の気持ちは正反対だ。

「無いならメニューに載せるな!」
「やる気あんのかよ!」
「JAROに情報提供するぞ!」

などと、腹が減っている、もしくは酒が入っているので、気分が荒れてしまうのは必至だ。なんと合理的な判断であろうか。無用なトラブルを起こさない見事な予防線である。

さらに言えば「忙しい時にたのまれたくないもの」は、店主の心情をあらかじめ伝えることで、無用に客を待たせることを避け、業務効率化を実現している。まさに働き方改革。店は客との共同作業で作り上げるもの。常連や地域に支えられているからこその賜物である。「客の要望には最大限に応えることで企業満足度を図る」という考えの大企業にはできない発想なのだ。「まあまあ時間がかかる」焼き物と「けっこう時間がかかる」串物も同様なのである。

締めの料理、炭水化物もなかなかの充実度だ。特に断り書きがないので、いずれの料理もちゃちゃっとでてくると推察される。「昔の喫茶店とかにあるスパゲティ」は恐らくナポリタンのことであろう。

注意しておくが、沖縄県では「ナポリタン」は別種の料理を指すので注意だ。そもそもパスタですらない。その上、沖縄県において「喫茶店」はポーカー賭博の店を指す。つまり、沖縄県で「喫茶店」に入り「ナポリタン」を注文すると、なかなかエキサイティングな体験ができることになるのだ。

まさかのコース料理

メニューを見ながら楽しんでいるところに、20人ほどの団体が入り込んできた。私を取り囲んでいるではないか。地元民Aが私に告げた。

「急遽、二次会は団体でコース料理となりました。」

え?そうなの?なんでも、他に店がないので一緒に飲んでしまえと言うことらしい。

やげん、鶏軟骨のから揚げ。酒のつまみにはうってつけだ。レモンを絞ると美味さがさらに広がる。

「ここだけにしかないもの(たぶん)」のうち、もやしとニラの炒め物だ。とても一般的な料理だと思う。なぜ、これが、ここにしかないのか。玉野の謎としておこう。

刺身盛合せ。残念ながら地元で獲れたものは無いようだったので、手を付けなかった。

ラストはチキンカツしぐれ風味。確かに美味い。かりっかりのチキンカツを出汁に付けた一品。そう、まさに揚げ出しチキンカツとでも呼ぼうか。豆腐の代わりにチキンカツを使ったと思えばぴったりだ。

地元民Bが言った。

「これ、美味いでしょ?!ここの名物なんですよ。俺なんて、もう、これ三日続けて食ってますよ!」

この店で毎夜宴会が三連荘したらしい。

コースとは言え、二次会だ。これくらいの量でも、なかなかのボリュームだ。お会計はもちろん、東京ではあり得ない金額だ。一度はシラフで訪れてみたい。そのときはこなき爺の名前の由来も大将に詰問してみたいと、酔った頭で思うのであった。

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