豆瓣鯉魚

台北 蜀魚館老店 蒜泥鯉魚 椒鹽鯉魚 豆瓣鯉魚

思い出の鯉料理

仕事で頻繁に台湾に来ていた20世紀のこと。現地に住む知人の家族と一緒に、たまに連れてきてもらった店があった。トレイの上に鯉を丸ごと料理したものをのせ、その上に麻婆豆腐がかかっている料理だ。

「鯉は冬が美味い。卵を持っているからな。」

そう言われたものの、冬に食べに行ったことはなかった。

あれから数十年、思い出の料理に再会する機会がついに訪れたのだ。店の名は蜀魚館。昔、聞いた話では、国民党が大陸で共産党との内戦に敗れ、台湾に敗走してきたときに、釣魚台(国賓をもてなす場所)のコックたちも一緒であった。彼らは中国全土から集められた、超一流のシェフたちだった。

戦後、釣魚台を辞した一人のシェフが、この場所に店を開いた。それは瞬く間に評判となり、毎日行列ができた。周りには似たような料理を作る店が乱立したが、どの店もかなわなかった、と言うものであった。

台北市内をタクシーで移動し、目的の店に着いた。ああ、こんな感じだ。立て直したような、リフォームしたのかもしれないが、かすかな記憶ではこのような店だったように思う。店に入ると、記憶通り、左側に生きた鯉を入れた水槽があった。昔と違ってフタがしてある。昔は食事中に水槽の中の方鯉が跳ね、水をかぶったこともあったが、これならば心配ない。

それ以前の問題として、我々は二階席に通された。ドリンクとサイドメニューは前編に譲る

ニンニクソースで味わう鯉

さて、いよいよ鯉料理だ。注文したのは豆瓣(辛いソース)、椒鹽(花椒塩)、蒜泥(ニンニクソース)の三種類である。最初に出てきたのは蒜泥。サイドメニューにも「蒜泥白肉」があった。豚バラ肉のニンニクソースがけ、と訳せばいいか。これまた代表的な四川料理の一つである。それと似た四川料理に「雲白肉」があるが、いずれも豚バラ肉のスライスをゆでたもの、正確には豚バラ肉の塊をゆでたものをスライスし、さらに盛り付け、タレをかけたものである。 雲白肉では甜面醤や豆板醤などの調味料を使用したソースをかける。

どちらも私の好きな料理なのだ。脂ぎった豚バラ肉もいいのだが、ゆでて脂が落ちた豚バラ肉は、まさに豚しゃぶ状態。これに合うソースなど、いかようにでも作れるのだ。和食であれば、ゴマダレやポン酢、そばつゆだって相性がいい。柚子胡椒も欲しくなる。

蒜泥鯉魚

では鯉の身はどうか。臭み無く、ニンニクのピリッとした香りがするソースは割あっさりしている。するすると食べられる。これは初めての味だ。魚を食べているような気がしない。もともとが巨大な鯉だ。女将さんが鯉の尻尾の方だと解説していた。筋肉質で身が締まっているから、肉料理のような調理ができるのだろうか。美味い。

山椒塩で味わう鯉

続いては椒鹽、鯉のから揚げだ。これに花椒塩をつけて食べる。熱々でほくほく。鯉はまったく臭み無く、コクのある身の味がいい。初めて食べた。花椒の刺激がこれまたマッチする。そもそも私は花椒が大好きなので、不味いと感じるはずもない。魚を食べている感じがあまりしない。

二十年ぶりに味わう鯉

そしてラストは豆瓣。大迫力。

豆瓣鯉魚

まさにこいつだ。20年前と変わらない姿だ。鯉の上に載っているものを、私が麻婆豆腐だと思い込んでいたのだ。似ているがちょっと違う。なぜなら麻婆ならば豚ひき肉が入っているはずだ。鯉がメインなのに豚肉は不要でしかない。

ふと、ここで気づいた。女将さんは鯉を三種類の味で料理するといった。日本人なら三枚におろして半身と骨の部分で料理をするものだろうと考える。それが自然だ。和食ならば間違いない。しかし、中国は違っていた。まさかのぶつ切り三等分。このような大きな魚を、秋刀魚かイワシのように、尻尾、中、頭部と3つにぶつ切りにし、それぞれを調理したのだ。蒜泥は尻尾の方だと言っていたし、唐揚げは身の厚い真ん中を使った。そして、頭部が豆瓣なのである。

目からうろこである。コロンブスの卵である。和食にこの発想はないと、個人的には思う。切り身にするにしたって、まずは三枚におろすだろう。あの四角のでかくて重い中華包丁だからこそ、なぜる技なのだろう。

おのおので魚を椀に取る。箸でとって食べる。これだよ、この味。ああ、食べたかった。もう一度食べられるとは思っていなかった。辛みが鯉の泥臭さを消すだけでなく、身のうまみを引き出す。そもそもこの鯉は臭みがない。日本の鯉とは違う。サイズが全然違う。

身をほぐしていくと大量の卵を抱えていた。これだ。冬は卵を持つと聞いていた、こいつだ。

「鯉って養殖だと卵を持たないんだよね。」

一人が言った。言われてみれば確かに。鯉は汚染にも強い魚とは聞くが、ブラックバスやブルーギルのように大量に繁殖した話は聞かない。そもそも、鯉に卵を産むイメージがない。これだけの卵を抱えていれば、相当な繁殖力がありそうなものだ。そういえば、ドジョウも水槽や養殖では卵を産まないと聞いたことがある。

調べてみると、コイやフナは水面に浮いている植物に産卵をするとのことだ。養殖場や水槽、人工池にはそういった環境がない、もしくはわずかなために繁殖することができないのである。国内の河川はコンクリート化されて岸辺に植物が生えず、ダム湖では水位の上昇や下降によって、水辺の植物が枯れてしまうために、産卵できないようだ。

それに日本だと鯉の産卵は春のようだが、台湾は日本に比べたらはるかに温暖なので、冬に産卵するのだろう。とにかく食べてみる。海水魚と異なり、少しクセのある味だ。人によってはダメかもしれない。

いやあ、腹いっぱいだ。二十年ぶりの味に胸もいっぱいだ。ビールはもうたくさんだ。ハイボールが飲みたい。二軒目に行きますか。支払いを済ませて店を出た。

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