新橋ベーカリー
芝二丁目の商店街に以前から気になる店があった。浜松町、いや港区芝に所在するのに店名はかなり離れた「新橋」を冠するパン屋である。
このあたりで「新橋」を名乗る店はほかに見かけた覚えがない。「芝公園」「芝二丁目」としている店舗が大多数だ。
もしや新橋から移転したのかと思いきや、三田にもカフェがあるではないか。おそらく源流は新橋にあるのだろう。
夕方になるとワゴンセールでパンが安く販売される。それを会社の前期高齢者がお土産と称して大量に買い込み、社内でスタッフに配布する。
私も何度かご相伴に預かった。なかなか美味である。ホテルの部屋で晩飯代わりにハイボールと食べたりしたが、がパンによっては相当なボリュームがある。
特にブドウパンは大きすぎだ。五十路には二食分だ。食べきれずに泣く泣く半分を処分した。
さらにこのパン屋にはレストランというかカフェが併設されている。
さて、ランチタイムだ。出社前にちゃちゃっと食べたい。どこか便利でうまい店はないかと思案したところ、会社から近いのに訪れたことがないことを思い出した。
いい機会だ。
以前からロコモコ丼が気になっていた。食べようと店に入る。
ニューブリッジ
カフェの方は「ニューブリッジ」なる店名らしい。さほど広くない店内はまあまあ混んでいた。
席に着いたらメニューの再確認だ。
え、ロコモコ丼はスープ付きなの?
それはダメだ。汁物は塩分の宝庫だ。高血圧で要減塩の私にとって敵でしかない。自宅で作るのならば塩分量も制御できるが、外食でスープなど私には禁忌でしかない。「死に戻り」を告白するようなものだ。
塩分よりも野菜だ。生野菜、生野菜…まさに魔獣を狩るべく森の中を探し求めるレムのようだ。
生野菜が食べられそうなメニューは三種類だ。牛カルビ丼、ハンバーグプレートに生姜焼き丼。中でも緑黄色野菜をフィーチャーしているのは生姜焼き丼のみである。
勝負あった。
ピラフやパスタには心動かされない。牛タンシチューには手が出そうになったが、初心貫徹なのだ。浮気するとロクなことにならないのだ。
店な隣のパンコーナーとつながっている。出入口は別々だが中は同じだ。ランチを注文すると店の中央に置かれたワゴンのパンが食べ放題だ。これを目当ての客も少なくないようだ。
ひっきりなしに人が訪れる。美味いからか、安いからか、それとも両方を満たしているのだろうか。これから自分の目と舌で確認することになろう。
トイレは温水洗浄便座であった。
ヘルシー生姜焼き丼
デシャップがいるカウンターに置かれた丼のサイズを見て目を疑った。でかい。ジオングを見たアムロの心境だ。そして私の眼前に運ばれてきた。
え、スープ?
ロコモコ丼でなくともスープは付いていた。試しに恐る恐る飲んでみる。
スープしょっぱい。
サラダはレタス主体。シャキシャキで瑞々しい。ドレッシングが余計だが美味い。ポテトサラダは芋がゴロゴロ。酸味控えめ、かつ塩分抑えめだ。
嬉しい。
生姜焼きも味付けは薄味だ。赤と黄色のパプリカ、緑のピーマン、にんじんに玉ねぎと野菜がたっぷり。
豚肉はロース、少し厚めにスライスされ、しっかりと食感がある、肉の旨味を味わえる。塩や生姜がきついと素材の味を殺してしまう。ボリュームの観点からも満足だ。おそらく150gはあるだろう。
ああ、スプーンが、フォークが止まらない。灯台下暗しとはまさにこのこと。身近に私が理想とする生姜焼き丼を供する店があったとは。
単なるパンやバイキング、ロコモコ丼や沖縄タコライスを出すだけの店と舐め切っていた。
そしてご飯がうまい。硬めに炊かれた艶々の米がどんぶり飯に最適だ。タレのみならず素材から滲み出た旨味までもしっかりと吸収して、具材と食べることで再融合する。タレは生野菜までも浸食し熱と塩分で細胞壁を溶解させる。しんなりとしたのちに肉やご飯と絡みやすくなる。食虫植物の捕食プロセスを見ているかのようだ。
ごちそうさま
みずみずしい野菜たっぷり、肉もガッツリ、味わい深くご飯も美味しい。この味で、このボリュームで、東京都港区で900円。
仙台駅で1400円も払ってろくなもんを食われない店は猛反省するが良い。古い言い方をすれば、この店の爪の垢でも煎じて飲みやがれ。
数年前に五十路となったバツイチ男性。昨日は沖縄、今日は北海道、明日は四国…出張三昧の日々、三年間で制覇した店は千店舗を超えた。日本全国及び海外での食事を記録したブログである。五十路とは本来「五十歳」を意味するが、現代社会では「50代」と誤った認識が定着している。それにあやかりブログのタイトルを名付けた。(詳しく読む…)