うちごはん うさぎ
福島県郡山市。乗り換えで通ったことは何度もあるが、この地に降り立ったことは数度しか記憶にない。しかもこの十年以内である。最初は民主党政権の高速代一律千円の時に、結婚前の嫁と蕎麦を食べに訪れた。次は七年前に会議で訪れた。そして今日、人生三度目の郡山である。知人と仕事の意見交換をするのが目的であった。
その前に腹ごしらえだ。さて、何を食べようか。ネットで検索するが、いまいちピンとこない。最近、このパターンが多いな。仕方がないので、夜の繁華街をうろついてみる。
うーん、なかなか食指の動く店がない。30分ほど歩いて一軒、気になる店を見つけたのだが、満席で入れなかった。
どうしよう?
この店の近くに、こじんまりとした店を見つけた。入りづらいドアだが、入ってみた。
メニュー
店内はカウンターのみ。スナックの作りだ。ママが一人で切り盛りしている。トイレは温水洗浄便座だ。メニューは個性的だ。 炭水化物が一切ない。ドリンクメニューもない。飲みたいものを言えば作るとのことだ。
お通し
太いメンマが柔らかくて甘く、ネギの辛味とマッチする。つまみにいいな、これ。ビールとの相性もなかなかだ。
冷奴
ネギと太めに切った大葉が載っている。匂い立つ青じその香り。豆腐は普通の絹豆腐だろうが、なんだか優しい味がする。
ブリの照り焼き
フライパンで作っていたのはブリの照り焼き。臭みなく、ふんわりと柔らかく、味付けも濃くない。大葉と一緒に食べると、甘い照り焼きのたれに大葉もさわやかさが加わってさらに美味い。この店の料理はプロな味ではない。家庭の味だ。
店内は常連さんばかりだ。旅行の話で盛り上がっている人もいれば、近所の知人らの話や家族のことを話している人もいる。私のとんりに座った年配の一人客に、ママが飲みすぎよお、と何度もたしなめていた。
「二番目の娘は、あれはわしの娘じゃない!」
なにか物騒なことを言い出した。
斬新!焼肉生春巻き
そこに差し出されたのは焼肉生春巻き。玉ねぎと炒めた甘辛い焼肉をキュウリの細切りといっしょにレタスと包み、さらにライスペーパーと大葉でくるむ。美味い。これ、自宅でも作れる。焼肉サラダの変形版だ。
もう一つはキムチが追加されている。二種類の味が楽しめる。コクのある甘いたれで焼いた焼肉の味わいを、キムチの辛味と刺激がぐっと広げ、それをシャキシャキでみずみずしいレタスが受け止める。三者三様の個性をライスペーパーが優しく包み込んでまとめてしまう。ご飯で食べるのとは違った美味さだ。
馬レバー刺し
ようやく馬レバーが出てきた。塩ごま油につけて食べる。臭みない。甘くて美味い。太めの生姜と一緒に食べると、さわやかさと刺激が加わり、ゴマ油のコクと相まって、やもすると単調になりがちな馬レバーの魅力を余すことなく引き出しているかのようだ。
専門店でもないのに、このボリューム、この味。馬肉生産量全国二位の福島県だけあるな。駅前をうろうろしたときにも、何軒かの馬肉料理専門店の看板をみかけた。
ごちそうさま
隣の客に焼肉が出てきた。
「メニューにはないけどね。」
ママが言う。
客ば全員、地元の常連客。私よりも先輩ばかりだ。隣の客は近所の人をやたらディスっていた。かなり酔っている。
「ごめんなさいねえ、酔っ払いが隣で…」
申し訳なさそうな顔でママが言う。無問題。私が絡まれたわけではない。このお客さん、近所の飲食店の社長らしい。私の右側に座る一人客が、よく食べに行きますよと、私の頭越しに話していた。
腹がいっぱいだ。たまにはこういうのもいいな。常連客しか来ない店かと思っていたら、近くのホテルからも客がちょくちょく来るんだそうだ。
「近くにうちしか店がないからねえ。」
会計を済ませて店を出た。その街の名物を食べるだけでなく、街の人の人情に触れながら食事をするのも悪くないなと思ったのであった。
数年前に五十路となったバツイチ男性。昨日は沖縄、今日は北海道、明日は四国…出張三昧の日々、三年間で制覇した店は千店舗を超えた。日本全国及び海外での食事を記録したブログである。五十路とは本来「五十歳」を意味するが、現代社会では「50代」と誤った認識が定着している。それにあやかりブログのタイトルを名付けた。(詳しく読む…)