金杉橋ランチ
出張先の北海道から沖縄に戻り、中二日を空けてからの東京出張である。いつもの10時発の便で羽田に到着したのは昼過ぎだ。モノレールで浜松町に向かい、金杉橋口に降り立ったのは13時を過ぎていた。
ランチだ。
さて、何を食べようか。
このあたりの店はあらかた食べたように思う。シェ・ノブのランチも心惹かれるのだが、重いスーツケースをもって階段を二回まで登るのは老体にこたえる。
そばを食べる気分ではない。
中華料理も気分ではない。
とんかつも食べる気がしない。
さっぱりとしてがっつり食べられる料理はなんじゃらほい?
うーむ、海鮮丼みたいなものだろうか。ふと眼前に見えた店は「マグロ漁船団」。まだ未体験の店である。
店頭に掲げら他ランチメニューを一瞥する。
うむ、ここはひとつ体験入店でもしてみようか。スーツケースを転がすのにも疲れた。もういいや、ここでマグロをがっつりたべようではないか。
意を決して店に入った。
マグロ漁船団
店に入ると、人懐っこい笑顔があふれる若い女性が対応してくれた。大きな荷物はカウンターで預かってくれると言う。大して濡れていない折り畳み傘も傘袋に入れて一緒に預かってくれた。
そしてお一人様用のカウンター席へ案内してくれる、足元に段差があるのでご注意くださいと細かい心配りまでしてもらった。
改めてランチメニューと対峙する。日替わりは終わったとのことだ。焼肉に激しく惹かれるのだが、初めての入店だ。やはりマグロから食べるべきだろうと「まぐろ刺の盛りすぎ定食」をチョイスした。
大きな店なのにひとり客用のカウンターがある。形だけのカウンターではない。中が洗い場になっているようで、店員が常駐しているのである。これならばぼっち客にありがちな放置モードも防げるのであろう。
しかもカウンターの中にいる女性はなかなかの美人さんだ。黙々と働く彼女を見ているだけでも、心癒される中年男性がいるのは間違いないだろう。
店内の天井には、港に貼られた万国旗のようにメニューが飾られている。なかなか楽しそうな雰囲気だ。こういう細かい工夫もお店の雰囲気を醸し出している。
マグロ刺の盛りすぎ定食
私のオーダーが運ばれてきた。あれ?確かにマグロは大きい。だが、はっきり言って、旨そうにはとても見えない。
ご飯はボリュームたっぷりだ。私にはおかわり不要だ。これぐらいがちょうどいい。しかも一つ一つ粒が立っていて、硬めに炊かれた感じもとても好みだ。いいね。
昆布の細切り炒めは、まさに沖縄のクーブイリチーであるが、薄味で出汁もくどくない。さっぱりしていて、コリコリした昆布の食感も良く、ご飯のおかずに向いている
マグロのどこかの臓器を熱湯で加熱したひと口のおつまみ。マグロは巨大魚だ。血管や皮など、小型の魚では捨てるような部位も調理して食べることができる。マグロの遠洋漁業基地に行けば珍味をあ祝うことができる。
部位は分からないが、口に入れてみれば見た目と違い柔らかい。噛めば身から汁が溢れてくる。ジューシーだ。薄味で甘い。酒のつまみにもご飯のおかずにもなる。
なんといっても塩分の存在をあまり感じないことが、今の私には素晴らしいことなのだ。
対して明るい色をした味噌汁、ご飯はでかいが見た目からも想像できるように具はあまりないだろう。箸で中を探ってみるが、残念ながら私の予想は当たってしまった。
少しばかりの油揚げといくばくかのわかめ。
見た目に塩分濃度が高そうなのだが、飲んでみればやはりしょっぱい。ダシよりも味噌を利かした、労働者向けの味噌汁である。
いや、今の私が薄味だからそう感じるだけなのかもしれない。
我が家の味噌汁は具沢山なので、野菜から甘みがたっぷりしみだしている。しょっぱいと言う事は無い。一般的に味噌汁とは、具が少なくダシも少なめ、味噌の塩っぱさで強引に味をつけるのものと認識されているのだろう。
盛りすぎマグロ刺身
そしてマグロだ。当然私はいつものごとく醤油を使わない。知人の醤油メーカーの社長が聞いたら激高しそうな話であるが、彼とは大分会っていないから問題ないだろう。
大好明るい切り落としのようなマグロの味に乗せ、口に入れる。ああ、これもまた残念だ。水っぽい。マグロの味がほぼほぼしない。付けにすればだいぶ変わるのだろうが、それでは塩分が増えてしまう。
わさびだけで魚を食べるのが、素材の本来持つ魅力をしっかりと引き出すのだと、この数ヶ月で私は実感した。
おそらくこれはキハダマグロであろう。沖縄であればトンボマグロやメジマグロだと呼ばれる魚だ。
いや、話を整理しよう。
トンボマグロはびん長まぐろのことだ。
メジマグロはメバチマグロの幼魚のことだ。
ネットのブログ等にはキハダマグロの良い所と書かれているが、沖縄の新聞社の記事にはっきりメバチマグロと書いてある。記者は取材時に当然その素性を確認してるだろうから、間違える事は少ない。
ブログはどうしても個人的な記憶で帰ってしまうことが多いので、多くの人が裏を取らなかったり、勘違いしたまま書いていることが多い。
私は報道機関の人間でもないし、お気楽な日記を書いているだけだが、妻が読んでいることを考慮して、できるだけ裏を取るようにしている。もちろん間違いはなくならないが、減らすことはできるのだ。
夫として妻に嘘や不適切な間違いを伝えたくは無い。
マグロ盛りすぎ定食、まさにそのネーミングに嘘はない。味気ないマグロの切り落としをこれほどまでに盛るとは、正直言って罰ゲームである。
食べていて辛くなってきた。
若い盛りで食事にボリュームを求める者であれば、この刺身にご飯をおかわりして腹を満たす、それがたった1000円で叶う。
確かに贅沢だ。
だが五十路になれば量は求めない。
醤油の塩気とわさびの刺激。マグロの味わいなど関係なく、香辛料と塩分で勢いをつけてご飯を食べるという行為は、日の丸弁当とスキームと変わらない。
なんと貧しい食なのか。
味噌汁を残して席を立つ。ごちそうさま、とカウンターの中の美人さんに声をかけたが、返答はなかった。無愛想なのか客に関心がないのか、それとも虫酸が走るほど中年男性が嫌いなのか。
いや、ランチタイムの後だ。大量の食器を一心不乱に集中して洗っている彼女を見れば、私の声など届く余裕など無かったのだと勝手に信じたい。
そうでなければ、私がかわいそうだ。
入口付近の会計カウンターで支払いを済ませる。店に入るときにナビゲートしてくれた笑顔の素敵な女性が快く対応してくれた。荷物も運び出してくれた。私が店を出るためにドアを開けると、申し訳ありませんと声をかけてくれた。自分でドアを開けるつもりでいたようだ。
申し訳ない、彼女の仕事を邪魔してしまった。
だが、これで私の心は軽くなった。終わりよければ全てよし。次回はぜひ生姜焼き定食を食べてみたい。
結論、この店はマグロを食べる店ではない。
数年前に五十路となったバツイチ男性。昨日は沖縄、今日は北海道、明日は四国…出張三昧の日々、三年間で制覇した店は千店舗を超えた。日本全国及び海外での食事を記録したブログである。五十路とは本来「五十歳」を意味するが、現代社会では「50代」と誤った認識が定着している。それにあやかりブログのタイトルを名付けた。(詳しく読む…)