張家 大門店
私は刀削麺が好きだ。沖縄では食べることができないので、東京に来るとついついランチに選んでしまう。浜松町や新橋界隈の店はあらかた食べたと思う。
だが、一つだけ暖簾をくぐっていない店があった。浜松町駅すぐ近くの張家だ。貿易センタービルの地下ダンジョンと、新しくできたばかりの日本生命ビル3Fの二ヶ所にある。こんな家賃の高いところに店を出しているのだから、さぞ旨いのだろうとネットで口コミを読んでみると、なかなかの評判である。
・不味い
・店員の態度がひどい
・衛生管理がなってない
ホンマかいな?
地下ダンジョンの店が最悪でビルの方はまあまあとの評価だ。確かにダンジョンの店は入店を躊躇する何かがあった。一度、店に入ろうとしたのだが、ドアを開けようとしたときに私の中でもやもやと否定的ななにかが湧き上がった。
言葉にはできない。
胸騒ぎと言うか、嫌な予感と言うか、虫の知らせというか、いずれにしろ今日は止めておこうといったネガティブな感情の集合体と表現するしかない。
とにかく、地下はだめだ。
会社からモノレール乗り場に向かう私の現在位置は大門交差点から浜松町駅に向かう途中だ。富士そばの脇を通ったところだ。ビルの方の張家は50メートル先のビルである。
よし、怖いもの見たさ…ではなく、この界隈の刀削麺を制覇するためにも避けては通れぬ道なのだ。
ビルの三階までは外のエレベーターを使う。店は奥の左手に位置した。店頭にはメニューが並んでいる。
メニュー
まずは刀削麺。定番は麻辣刀削麺である。ほかにもオーソドックスな麺料理が並ぶ。油溌、葱油、坦々、野菜、排骨である。
定食メニューは麻婆豆腐に生姜焼き、エビチリ、青椒肉絲に辣子鶏だ。辣子鶏は私も大好きな料理だが、唐辛子が高価な日本ではなかなか本場と同じ料理に出会うことができない。なにせあちらでは唐辛子1キロが150円くらいだ。今はもっと物価が上がっているだろうか。
そしてランチメニュー。日替わりは水煮肉片。旨そうだ。中国語で「水煮」とはイタリア料理のアヒージョと同じ調理法である。ただし唐辛子の量がかなり異なる。
店内
刀削麺の店を訪れ、メニューをすべてチェックするにもかかわらず、私が常にオーダーするのは麻辣刀削麺である。
私はぶれない。
一度、他のメニューを注文して落胆してからというもの、なにかトラウマのようになってしまったのだろうか。食べてみたいという好奇心はあっても、定番で安心したいという守りに徹した私が常に勝利してしまうのだ。
店内は中国の店と変わらない内装に感じる。中国人のセンスである。
テーブルの上には箸入れとティッシュのみ。いや、ティッシュの脇にはエプロンが、下にはおしぼりが置いてある。つまようじも無い、調味料も無い。シンプルと言えばシンプルだが、なにか違うような気がする。
麻辣刀削麺
ほどなくして麻辣刀削麺が運ばれてきた。
え?
なんだかシンプルと言うか、モノトーンと言うか、貧弱なビジュアルだ。
燃えるように真っ赤な麻辣スープの上に花開くかのように緑が映えるパクチーとインゲン豆、ピッチャーマウンドのように盛り上がった重厚な存在感をもつ肉みそ、マグマの海を龍のごとく遊弋する白い刀削麺。場合によっては花山椒の粉末がトッピングされていたりする。
私の持つイメージとは裏腹に、貧弱な緑、申し訳程度の肉みそ、ひとまとめにかけられた粉末。表内の気持ちがみじんも感じられない。
スープを一口飲む。なんだ、これは?辛味としびれだけのスパイシーなスープ。旨味もコクもありやしない。いや、あるのだが足りない上に辛みとしびれに負けている。支配されている。これではスープとは呼べぬ。「湯(タン)」ではなく「液」だ。
麺はどうか。箸でつまんでみる。なんだか太さと長さにばらつきが多すぎる気がする。レンゲに載せて口に運ぶ。ぐにゅっとした食感と出会う。
ぐにゅ?
つるっでもプルンでもなく、ぐにゅ?
コシがない。伸びも無い。形状と原材料は麺だろうが、出来上がったのはまがい物なのだろうか。これはひどい。とても刀削麺とは呼べぬ。麻辣だごじるである。だごじるとは大分の郷土料理で、だんご汁がなまったものだ。あれは美味い。食べたくなってきた。
辛さと痺れだけで濃い煮込みを食べさせるこの店の料理。刀削麺はあまりにも不揃いすぎる。製法上どうしても麺の厚みや太さにある程度のばらつきがあるのはわかっている。だがこの刀削麺は限度を超えている。
へたくそだ。
厚すぎて、中まで完全に火が通っていない麺すらある。コシどころではない。少々粉っぽい。
細いひらひらとした部分はスープがよく絡むつるんとした食感になるはずなのだが、この麺はそうはならない。生地の打ち方、麺の切り方、麺の茹で方、スープの絡み。
全てがそろって出来が悪い。麻辣とは、ただ単に辛くてしびれればいいというものでは無い。
食べてるうちに飽きてくる。なんだか拷問に感じられてきた。これは食事ではない。餌だ。
ネットの口コミは正しかった
私が刀削麺と格闘しているその時、右手に置かれたティッシュ前方から手が伸びてきた。素早く2~3枚をとると、くるっと私に背を向けた。
ホールのおばちゃんだ。
日本人のスタッフならばタイミングを見計らって「失礼」と一言ぐらいは声をかけるが、中国人にはそれがない。容赦なく自分の都合を押してくる。気配りや配慮と言うものがおよそ感じられない。これは日本人にはたまったものではないだろう。
清潔か不潔かを死ぬか死なないかのレベルで考えられてしまったら、日本人の衛生観念ではおよそ理解不能なのである。
この店で安易にランチをとったことを後悔していた。
いや、ここはポジティブに考えようではないか。酔っ払って調子に乗ってキャバクラやスナックの扉を開けてみたら、中が動物園かお化け屋敷であった上に、何万円もぼったくられたわけではない。
ランチの720円だ。
こんなものに720円も払ったのかと、そんな気持ちも無いわけではないが、何事も体験することが大事なのだ。
ようやく食べ終えた。
スープはほとんど飲まなかった。飲めなかった。塩分を気にする私でも、ランチの時は気にせず飲んでいる。だがこのスープは飲む価値がない、健康を害するだけのように感じた。
帰りに他の客が食べている定食も覗いてみたが、あまり美味そうには見えなかった。
お会計、ランチは現金しか使えないと言う。クレジットカードとは言わないが、PayPayやスイカくらいは使えてもいいんじゃないだろうか。
張家、私が訪れることは二度と無いだろうと確信して、店を後にした。
数年前に五十路となったバツイチ男性。昨日は沖縄、今日は北海道、明日は四国…出張三昧の日々、三年間で制覇した店は千店舗を超えた。日本全国及び海外での食事を記録したブログである。五十路とは本来「五十歳」を意味するが、現代社会では「50代」と誤った認識が定着している。それにあやかりブログのタイトルを名付けた。(詳しく読む…)