プノンペンでランチ
生まれて初めてカンボジアを訪れた。プノンペンの東横インに宿泊している。台湾から早朝便で飛んだので、昼前にチェックインしたのだ。部屋はすでに用意されていて、荷物を置いて一息つくと、ランチタイムである。
ホテルの隣はきれいな中国資本の商業ビルだ。その向かい側に並び立つのは中国語の看板だらけの飲食店街。どちらも魅力的ではあったが、ネットでどうしても食べたいものを見つけてしまった。
海南鶏めし。しかも美味らしい。食べないわけにはいかない。
地図で確かめると歩いて15分ほどだ。面倒くさければトゥクトゥクで行けばいいのだろうがせっかくだ。街を歩きたい。
本当は処刑博物館に足を運んでみたいと思ったが、今日は朝4時起きだ。しかも時差が1時間がある。
疲れた。
ランチを済ましてイオンで買い物をし、ホテルに戻って少し眠りたい。
ここの気候に合った服装に着替えるとホテルを出た。
プノンペンは自分の想像とは違い、ほとんど中国だった。中華街のような趣だ。街中は中国語があふれている。ホテルの周りにもたくさんの中華料理の飲食店があった。完全にここは中国だ。
もしかすると10年後には池袋もこんな感じになってるのかもしれないと思いながら歩く。すべてがクメール語だと街の中で迷いそうだが、中国語が溢れかえっているのでとても安心だ。
カンボジアであればクメール語などしゃべれないからどうしようかと思っていたが、中国であれば問題ない、片言はしゃべることができる。
道の歩道があるような無いような、中途半端な状態だ。歩道があっても歩けなくされている場所もある。
さらに信号や横断歩道と言うものがほとんどない。大きな交差点はロータリー式になっているので、信号がなくても車は目的の方向に行くことができる。
だが歩行者はどうすればいいのだ?
おそらく中国と同じシステムならば、どこを渡ってもいいはずだ。昔、中国では、高速道路ですら柵に穴を開けて勝手に渡っていた。そしてテレビカメラの前でいきなり車に轢かれた人が放送されて、大騒ぎになったことがあるくらいだ。
道を渡ろうとすると先行者がいた。やはり好きな場所で車道を渡っている。私の予感は当たった。そう、昔の中国はまさにこうだった。道のど真ん中で、車の車線と車線の間に子どもが立っているのも珍しくなかった。
こうしてどんなに141本、車が通り過ぎるのを見計らって声に横断していく自由自在に横断していった。
途中で道路に仏教の人のような派手な看板があった。何を意味してるのかよくわからない。
まもなく目的地だ。雑多な屋台が密集している地域を歩く。この辺では飲食店が並んでいた。やはり中国だ。1つだけ日本語もあった。
そしてようやくたどり着いた。
カンボジア プノンペン 起骨鶏飯
ホテルから20分ほど歩いたところで目的の店に着いた。店内を覗くとフードコートのようだ。
ドアを開けて中に入る。カウンターのほうに近づくと、店員の女性がテーブルに座るようにと、手振りで案内してくれた。
まずは席に着く。
続いて女性は注文をしろと言う。注文。だが、メニューはどこにも見当たらない。テーブルの上にはスープの写真しかない。意味がよくわからない。
海南チキンライスが食べたかったので、中国で料理名を告げるが通じなかった。この娘は中国ができないようだ。店内の客はほとんど中国人だ。中国語しか聞こえてこないし、店内に貼ってあるポスターも中国だ。そもそも店の名前も中国語だ。
これがカンボジアの現実なのだろう。
再びカウンターに向かう。すると女性が再びを食事を注文しろと言った。だからメニューが欲しいのだ。すると女性は、頭上の看板を指さした。そこには1から12番までの番号が料理が振られている。しかし文字は無い。
これがメニューなのか。
しかも先ほど見たスープの写真を見せながら、これとこれとこれとこれしかスープがないと言う。これまた文字のないメニュー。写真だけで選ぶなんて、若いころに梅田のソープランドで騙された記憶ぐらいしか思い浮かばない。
看板をみて最もそれらしい6番を選ぶ。鶏肉とご飯だ。
スープはなにかよくわからないもの、白いニガウリ、鳥の足、いわゆる紅葉の入ったスープのいずれかである。
ここは紅葉だ。しばらく食べていない。
そしてテーブルで待つように指示された。
鶏の足スープ
まずはスープが運ばれてきた。紅葉のスープだ。スプーンで具を確かめてみる。大量の鶏の足と、ピーナッツが入っていた。そしておそらく調味料であろう、ナツメのような木の実だが正体不明だ。時間をおかずにしてご飯と鶏肉も運ばれてきた。
これで全てが揃った。
はじめてのカンボジア飯、いただこうではないか。
まずはスープを一口、スプーンですくって飲んでみる。
なんだこれ?
味があまりしない。甘くも辛くもない。ぼやけた味の代物だ。昨日もこんなスープを飲んだ気がする。
そうか、これも調味料で味を整えるのだな。
テーブルの上に置かれているのはドロっとした黒い液体とサラッとしたやはり黒い液体の2種類だ。
さらっとした方は黒酢だろうか。
皿に少量を垂らし、指につけてなめてみる。あまり味がしない。酸味があるようなないような、塩気もあるようなないような。
なんだこいつは?
得体が知れないのだが、スープに小さじ2ほどを投入してみた。軽くかき混ぜ、スープを飲む。
なんじゃこりゃ?
味わいが更新された。先ほどとは全く異なる味だ。これは美味なり。黒いのは魔法の調味料だろうか。よくわからないがおいしくなったのでよしとしよう。
鳥の足を口に入れる。とろとろに煮えた肉とコラーゲンはすぐに骨からはがれる。太い骨はそのまま捨てる。指の小骨は口からプッと吐き出す。昔ならば中国式に小骨はすべて足元に捨てていただろう。
そんなことをすればコロナウィルスのような病原体がすぐに蔓延してしまう。皿にきちんと載せるのだ。
美味い旨い。この鳥足、飲茶のお店よりも断然うまい。沖縄のテビチのおでんのとろとろを鶏で作ったようだ。
そう、これは鶏の骨汁だ。
沖縄でも鳥をもっと美味しく上手に食べればいろんな料理があると思うのだが、中華料理がすごすぎるのだ。
よく煮えたピーナッツは軟らかくて、甘くないおしるこ食べてるような不思議な感覚だ。
チキンライス
そしてチキン。まずはソースをつけずに食べてみる。ヌルっとしていないが、なめらかな口当たり。肉はとても柔らかい。噛めばすぐに切れる。ジューシーな肉からは噛むたびに肉汁が溢れてくる。
黒っぽい調味料は醤油と油だろうか。塩気は少ない。これをご飯と一緒に食べる。長粒米、いわゆるインディカ米を塩こしょうと油で炒めたのだろうか。日本の米と違って、非常に軽い。
日本のコメをしっかりとした粘りのある重量級とすれば、このパラパラで細めの米はフライ級だ。味が軽いので、汁物にはとてもよく合う。そしてこの鳥肉とも抜群に相性が良い。
続いて鶏肉に辛いソースをつけてみる。タイ料理に代表されるすっぱ辛いサワーソースを想像していたのだが、ちょっと違う。
どちらかと言うとカレーに近い。ココナツオイルの香りがする。
これがライスと異常にマッチする。これはうまい。海南鶏飯ではないが、いや、たまらん。これはスプーンが止まらない。
それだけではない。鳥足のスープとパクチーの香りがチキンライスの魅力をと混とん引き出すのである。旨さ倍増なのである。素晴らしい。
見た目の量に反してさっくりと食べれてしまうのがインディカ米だ。そしてこってりしてそうで意外とあっさりとしている鶏出汁のスープと鶏肉。
これは蒸したものだろうか。
煮ただけではこれほど柔らかくならない。バンバンジーでもない、酒蒸しとも違う。どこの料理だろうか。おそらく海南か湖南あたりの料理だろうか。
あっという間に平らげてしまった。
ごちそうさま
会計をするためにチェックを告げる。女性が伝票を持ってきた。なんだ、料理名が書いてあるじゃないか。
私が注文したのは鶏肉のS、飯、スープの3点だ。
スモールがあるのならばレギュラーで食べてみたかったが、このナンバリングシステムにレギュラーやスモールを選べるとはどこにも書いていない。
看板の価格はスモールである。
合計金額は6.5米ドル、日本円にすれば700円以上だ。この国では決して安くない価格だろう。10米ドル紙幣を差し出すと、お釣りは1米ドル札と1万リエル札の二枚だ。お釣りに2つの国家の紙幣が混在するのも発展途上国ならではのことか。
ところで1万リエルは何米ドルなのだろうか?これでお釣りは合っているのだろうか。謎は尽きぬが、若くて可愛い店員にぼられたのなら、それがカンボジアの洗礼だろうと自分に言い聞かせた。
ホテルに戻って計算してみた。1ドル4000リエル換算らしい。よって、お釣りは正しかった。
だが、私がこの店で海南鶏飯にありつける日は来るのだろうか。
数年前に五十路となったバツイチ男性。昨日は沖縄、今日は北海道、明日は四国…出張三昧の日々、三年間で制覇した店は千店舗を超えた。日本全国及び海外での食事を記録したブログである。五十路とは本来「五十歳」を意味するが、現代社会では「50代」と誤った認識が定着している。それにあやかりブログのタイトルを名付けた。(詳しく読む…)